空気輸送

小田急少女

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電車で大体25分。
お父さんとママは交通の便とマンションの綺麗さを言い訳にしていたけど、あたしは大してそうは思えない。
だってその電車も各停でなきゃ停まらないし、さらに電車を乗り換える必要があるんだもん。
下校時なんて特に。せっかく急行で調子よく来れるのに、そこからは鈍行なんて、まるでお父さんみたい。
夢と散った二世帯住宅だって、薄くなった赤本だって、電気代が増えたのだってぜんぶ自分のせいなのに。
あんな疲れて丸まった背中から何を学べと言うのだろう。乗り換え生活を始めてから対面している回数は圧倒的にこの電車の方が多い。
そんな電車が教えてくれることと言えば次の駅と乗り換え案内と方面くらいだ。
駅の情報だけで大学が決められたら、乗り換え案内だけで世を渡りきる術を身につけられたら、苦労はしないんだけど。
――“あっちの方”に行ったことがないあたしだから、こういうことを言ってしまうのかな。
そうか。じゃああっちに遊びに行けばいいのか。内部調査ってやつだ。
デパートの生地も見た目もかっちりした長く着れる服じゃなくて、商業施設の流行で変わる色とりどりの服を買ってみようか。
なんて。
そんなことしなきゃいけないなんて、ほんと、

「まじ、ホンマツテントォー」

ぎゃはは、と向かい側のアイラインの濃いミニスカートが隣の着崩した制服とサルみたいに手を叩いて爆笑した。
赤本って言葉も知らなそうな彼女ですらホンマツテントウなんて言葉を知っているんだ。
わあ、随分とメジャーだね、ホンマツテントウ。
ホンマツテントウってどう書くんだっけ。まずいな。ど忘れ。
これ受験出るかな。あは、大学受験。そんなわきゃない。
一斉に浴びた乗客の視線も物ともせず彼女たちは塗りたくった顔で下品に笑っていた。

まもなく怪訝そうな顔の乗客をみっちり詰めた一両を含めた電車がホームに滑り込んだ。
もう一年ちょっと乗っている電車だからどの車両に乗れば一番早く出口に行けるか知っている。
――と、この車両が選んだのは出口から数メートル離れている狭いホームだった。
あれ。いつもの席を選んだのに。
ちょっとした動揺からスタートダッシュが遅れた。まばらながらも乗客が電車から吐き出されていく。慌ててあたしも立ち上がり、久し振りに近くで聞いたベルの音に驚きながらもホームに降りる。
と。

「なんなんーまじ痛ぇー」

プシュウゥ。

さっきのパンダ目女子高生がこっちを見て睨んでいた。
彼女はあっという間に見えなくなった。
電光掲示板の赤い「快速急行」の文字が消え、順番が繰り上がる。
――あ、赤本電車に忘れた。
うん、本末転倒だ。



彼女ですら「あっちの方」へ行ける人間なのだ。それも、物凄い速度と時間で。
あたしは行ったことがないのに。
この駅止まりなのに。
「あっちの方」は噂によるとやがて大きい街に出るらしい。
そこでは色んなものがひしめきあって、窮屈そうに誰かが夢を追いかけているらしい。
そしてそこからひとたび何十本もある路線のどれかにでも乗り換えれば、たくさんの未来が転がっているらしい。
――また乗り換えか。
なんだ。
結局誰も彼も乗り換えなければ大人にはなれないんじゃん。
あたしはどっちに行くんだろう。



一番ホームに電車がまいります。



今日も行き先はまるで同じ。
明日も同じ。
明後日も。

ホームに滑り込んできた電車に5歩で乗り込み、
列車は快速急行と行き違いでいつもの景色を映す。





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中央林間
2014/02/22

“「中央」林間”から中途半端な立ち位置の女の子。
裏設定としてこの女の子は結構苦労していたりします。
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